歴史

1182年(平安時代末期)
大内満盛が宇佐八幡宮より徳佐八幡宮を勧請する。

八幡宮の移転:
丸山地区 » 小南地区 » 現在の地

1788年
毛利氏により現在の社殿が再建・造園される。

1825年
浪速(現 大阪府)の地より「ひがん系しだれ桜」を取り寄せ、植える。

移植当時は、約250本もの桜が有ったといわれている。

1991年(平成3年)
しだれ桜保存会が結成される。

参道の桜
エドヒガン系しだれ桜 、エドヒガン、ソメイヨシノその他のしだれ桜           
参道以外の桜
ソメイヨシノ, 寒桜, 里桜, 普賢象, ウコン桜, 寒山, 大島桜, 山桜など
合計約300本以上

( 資料提供-しだれ桜保存会)

 

徳佐八幡宮の桜
-雅楽の奉納-
 1192年(建久二年)に、源頼朝が鶴岡八幡宮に楽所(がくしょ)を大江久家らを多好方(おおのよしかた)の許に派遣し、雅楽を習わせたとある。これは、雅楽が神社等に奉納し始めたと考えられる。
-雅楽の伝授-
 宝清山八幡宮の古文書に、仁治元年(1240年)記載の「社規式事」に、還城楽(げんじょうらく)・千秋楽・万才楽(まんざいらく)などの雅楽が伝えられており、「当社之秘伝也」・「極秘」と記されている。これは、鎌倉幕府への配慮と推測。
-静御前の居住地-
 大内満盛が、静御前・磯禅師(いそのぜんじ;静御前の母)らを庇護し、山口を避けて満盛の勧請した宝清山八幡宮近くの片山地区・笊笥(そうけ)庵に居住させ、京以外では珍しい雅楽の伝授しながら生活を送ったと考えられる。
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